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クライミング
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カナダ人が開拓!1970年代ヨセミテの31ピッチルート

The 31-Pitch 1970s Yosemite Route Opened by Canadians

カナダ人クライマーによるヨセミテ「マジックマッシュルーム」初登攀
1972年、カナダ人クライマーのスティーブ・サットンとヒュー・バートンは、ヨセミテのエル・キャピタンに31ピッチのルート「マジックマッシュルーム(VI 5.10 A4)」を初登攀しました。彼らは前年にもエル・キャピタンに挑みましたが、激しい嵐に見舞われ撤退を余儀なくされました。バートンは当時を振り返り、「嵐への備えが不十分で、持続的な風と雹の猛攻により撤退を強いられた」と語っています。この苦い経験から学び、彼らは翌年、壁の要求をより深く理解した上でヨセミテに戻ってきました。

エル・キャピタン再挑戦と初登攀の成功
1972年の再挑戦では、彼らは前回の反省を活かし、より周到な準備を整えました。エル・キャピタンの過酷な環境、特に予測不能な天候への対応力を高めたのです。彼らは「マジックマッシュルーム」ルートをVI 5.10 A4というグレードで初登攀しました。これは、当時のヨセミテにおけるビッグウォールクライミングの最先端を示すものであり、彼らの技術力と精神力の高さを証明するものでした。31ピッチという長大なルートは、数日間にわたる壁上での生活と、高度なクライミング技術、そして精神的な強靭さを要求します。彼らの成功は、カナダのクライミングコミュニティだけでなく、世界のクライミング界に大きな影響を与えました。

ヨセミテクライミング史における意義
「マジックマッシュルーム」の初登攀は、ヨセミテのクライミング史において重要なマイルストーンとなりました。1970年代は、ヨセミテのビッグウォールクライミングが大きく発展した時代であり、新たなルートが次々と開拓されていました。サットンとバートンの功績は、この時代の開拓精神を象徴するものであり、後続のクライマーたちに大きなインスピレーションを与えました。彼らが直面した嵐からの撤退という経験は、ビッグウォールクライミングにおけるリスク管理と準備の重要性を浮き彫りにしました。彼らの物語は、単なる登攀記録に留まらず、自然の厳しさと人間の挑戦の物語として、今も語り継がれています。
実践ヒント
  • ビッグウォールクライミングでは、天候の急変に備え、十分な防寒・防水装備と非常食を準備する。
  • 長期間の壁上生活に備え、食料、水、ギアのパッキングは効率的に行い、軽量化を心がける。
  • 事前にルート情報を徹底的に調査し、ピッチごとの難易度、プロテクションの設置箇所、ビバークポイントなどを把握しておく。
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