← 一覧に戻る
登山・ハイキング
Explorersweb 🇺🇸

振り返る:1979年、エベレストで初の女性死者

Looking Back: In 1979, the First Woman Dies on Everest

エベレストにおける初の女性登山家死亡事故:1979年の悲劇
1979年秋、エベレストの「デスゾーン」(標高8,000m以上)で、初の女性登山家死亡事故が発生しました。犠牲となったのは、ドイツ人登山家のハンネローレ・シュマッツとアメリカ人登山家のレイ・ジェネットです。商業登山が一般的ではなかった時代、エベレストへの挑戦は限られたチームのみが行っていました。彼らの遠征は、成功裏にエベレスト登頂を果たしたものの、下山中に悲劇的な結末を迎えました。

デスゾーンでの遭難と遺体のランドマーク化
1979年10月2日、ハンネローレ・シュマッツ、レイ・ジェネット、そして彼らのシェルパであるダワ・ノルブとパスン・ノルブは、エベレスト南峰を越え、サウスコルから頂上を目指しました。彼らは酸素ボンベを使用せず、午後3時30分に頂上に到達しました。しかし、下山中に天候が急変し、夜間ビバークを余儀なくされます。このビバーク中にレイ・ジェネットは凍死しました。翌朝、ハンネローレ・シュマッツはダワ・ノルブとパスン・ノルブと共に下山を試みましたが、彼女もまた疲労と凍傷により、サウスコルからわずか100m下った地点で力尽きました。彼女の遺体は、その後数年間にわたり、他の登山家にとっての「ランドマーク」として存在し続けました。レイ・ジェネットの遺体は、その後行方不明となりましたが、ハンネローレ・シュマッツの遺体は、1980年代後半に強風によって崖から吹き飛ばされるまで、その場に留まっていたとされています。

この事故は、エベレストのデスゾーンにおける過酷さと、登山におけるリスクを改めて浮き彫りにしました。当時の登山技術や装備、そして気象予測の限界が、この悲劇の一因となったと考えられます。現在では、両者の遺体は確認されていませんが、彼らの物語はエベレスト登山の歴史において、重要な教訓として語り継がれています。
元の記事を読む →

関連ギア

登山用ダウンジャケット
登山用酸素ボンベ
登山用アイゼン