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クライミング
Mark Horrell 🇬🇧

ティルマンとウィグラムによる「ガルデフイ」(現ラカン・リ)初登頂

Tilman and Wigram’s first ascent of ‘Gardefui’, now known as Lhakpa Ri

1935年エベレスト偵察隊の知られざる功績:ラカパリ初登頂

1935年のエベレスト偵察隊は、エリック・シプトン率いる遠征隊であり、その主要な目的はエベレストの偵察であったにもかかわらず、その功績はあまり知られていない。トニー・アスティルの著書『Mount Everest the Reconnaissance 1935』は、この「忘れられた冒険」に光を当てている。遠征隊は、エベレストの偵察という本来の目的を達成できなかったことで部分的に有名だが、実際には、その後のエベレスト遠征に不可欠な情報をもたらす重要な成果を上げていた。

ティルマンとウィグラムによる「ガルデフイ」(現ラカパリ)の初登頂

この遠征隊の最も重要な功績の一つは、H.W.ティルマンとE.H.ウィグラムによる「ガルデフイ」の初登頂である。この山は現在、ラカパリ(Lhakpa Ri)として知られており、エベレストの北東に位置する標高7,000m級の山である。彼らは、エベレストの偵察という主要な任務から逸脱し、この未踏峰への登頂を果たした。この登頂は、エベレストへの新たなルート開拓の可能性を探る上で、重要な経験と情報をもたらした。特に、エベレストの北壁や北東稜へのアプローチに関する貴重な知見が得られた。彼らの登頂は、当時の登山技術と装備の限界を押し広げるものであり、その後のヒマラヤ登山史において重要な一歩となった。

遠征隊の広範な地理的探査と将来への貢献

1935年の偵察隊は、エベレスト周辺の広範な地理的探査も行った。彼らは、エベレストの北側と東側、特にカンシュン氷河周辺の地形を詳細に調査し、地図を作成した。この調査は、将来のエベレスト遠征隊が、より安全で効率的なルートを選択するための基礎情報となった。また、遠征隊は、高地での生理学的反応や装備の性能に関する貴重なデータも収集した。これらの情報は、その後のヒマラヤ登山における戦略立案や装備開発に大きく貢献した。彼らの活動は、単なる偵察に留まらず、科学的探査と登山技術の進歩に寄与する多面的なものであった。この遠征隊の功績は、エベレスト登頂の歴史において、しばしば見過ごされがちであるが、その後の成功に不可欠な基盤を築いたという点で、極めて重要な意味を持つ。
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